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エリザベス女王の心配り |
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昔、アフリカの未開発国の王族が、格式を重んじるイギリスを訪問しました。
エリザベス女王が開く晩餐会(ばんさいかい)に招待されたとき、アフリカの王族は、テーブルにセットされているフィンガーボールの水を指先を洗うものとは知らず、飲んでしまったのです。これはエチケット違反です。ところがそれを見たエリザベス女王、王様が恥をかくことのないようにと、女王自身もフィンガーボールの水を飲み干したのです。
この物語は、イギリス王朝のマナーの真骨頂と、今にまで話し伝えられるところです。
その場の空気をよみ、相手が恥をかくことのないように、心配りができることが、エレガンスなのです。人としての心の優雅さがなければできないのです。 |
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この話を聞いたとき、私はとても感動してしまいました。
とっさの機転をきかしたエリザベス女王の行動が、エチケット違反をしてしまった王様の顔をつぶさずに済んだのですから。
こんなことができる女性がエレガンスなんだなあと思いました。
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クイーンエリザベスという名のバラがあります。
しっとりとしたロイヤルピンクのバラです。
このエリザベス女王の物語を思い出しながら、このバラを
愛でてみてほしいと思います。
なんともいえない輝きを感じられるように思います。
【2006年6月 千葉県習志野市 谷津バラ園にて撮影】
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| ●「マナー」と「エチケット」の違いとは? |
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マナー[manner]とは、行儀作法・風習、習慣的な行動・態度・身のこなしということを意味しています。
エチケット[etiquette]は、フランス語で、本来は札(ふだ)の意味です。昔、宮廷訪問者がどう行動すべきかを指示した「通行札(つうこうふだ)」からきた言葉で、礼儀作法の意味になりました。 |
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凛(りん)という名のカクテル |
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『美人のお作法』 のP.74に出てくるこの写真、実はカクテルのレシピーを書いたコースターだったんです。
東京都内のとあるバーにいらっしゃる女性バーテンダーのオリジナルカクテルだそうです。
著者の友常貴仁(ともつねたかひと)先生は、「バーテンダーは男性」というこだわりがあり、女性のバーテンダーが目の前に立つことを一切拒否されていたようなのです。
ちょうど2年前(2004年)、この女性バーテンダーが初めてカウンターの前に立った時、「チェンジ!」と言って変えてしまわれたようなのですが、カウンターの隅っこで泣いている彼女の姿をみかねて、一杯のカクテルをつくってもらった・・・、それが凛(りん)なのです。
その彼女は今、多くの常連のお客様がつくまでに成長されていらっしゃるとのこと。先日、書籍の中のこの写真を見て、今の自分の原点がこの一連の物語にあったとかえりみられたと聞いています。
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左利き |
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右利きが多い日本ですが、左利きの方も、かなりいらっしゃると思います。
もしかして、これを読んでくれている貴女が左利きかもしれませんね。
神楽坂千佳(かぐらざかちか)さんという方をご存知でしょうか?
東京 神楽坂の人気の芸者さんです。
料亭のお座敷で芸を披露するあでやかな姿、そして神楽坂のみかえり横町で「chika」という名のバーを経営する凛とした姿、ふたつの姿を合わせもった素敵な女性です。
こちらの千佳さん。 実は、左利きだったのです。
しかし、千佳さんが身をおく花柳界は、左利きが許されない世界なのです。
舞台などで芸者さん達が三味線をもって横一列にならんだ姿を想像してみて下さい。
一人だけ違った向きではかっこがつかないですし、見た目も悪いですよね。
伝統芸能に精通された方でも、そんな光景を見た方はいらっしゃらないと思います。
最近では、左利き用の三味線というのもあるようですが、本流ではありません。花柳界では、真っ先にはずされてしまいます。
先ほどの千佳さん、芸者としての道を歩んでいくために、右利きに変えられたと聞きました。
「郷に入れば、郷に従う」
千佳さんの素直さと、「この道で生きていく」という覚悟を感じられるエピソードでした。
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毎年恒例の神楽坂まつりを前に、
神楽坂の毘沙門天(びしゃもんてん)さまの
境内には、古風な提灯がずらりと並びます。
【2006年7月
神楽坂 善国寺(通称、毘沙門天さま)前
にて撮影】 |
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月の兎 |
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「月には兎(うさぎ)さんが住んでいるのよ。」
お月様にうかぶ影が、餅つきをしている兎に似ているので、そう教えてもらった人は多いのではないでしょうか?
江戸時代を生きた良寛さんの
長歌 『月の兎−みたりの友』
はご存知でしょうか?
中秋の名月を愛でながら、読んでいただきたい物語ですので、現代語訳をご紹介します。
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むかしむかし大昔 神様が まだお姿をお現しになりこの地上に降りてきた頃のこと。
まし(猿)とうさぎ(兎)ときつに(狐)とが みたりの友となって あした(朝)には野山で遊びゆうべには 林に帰って休んでいました。
このようにしつつ 年月が経っていきました。
それを 天の神様が そのみたりの心が一つだということが本当なのかどうかを知ろうと思い 老いた旅人となって みたりの所へ お腹をすかせた姿で現れて 申すには
「あなたたちは 仲良くけんかもせず 毎日のように遊んでいるそうだが それが誠の心 なら 飢えて困っている私を救っておくれ」
と 持っている杖を投げ(しゃがみこみ)ました。
そこでみたりは「そんなこと簡単なこと」と 散っていき (しばらくすると)ましは後ろの林から木の実を拾って来て きつには前の川原から 魚をくわえ(二匹は)旅人に与えました。
うさぎは そこらじゅうを飛び回ったのですが 何も取ってくることができませんでした。
二匹は おまえだけ 私たちと心が違うのでないかと うさぎの心を疑い 罵(ののし)りました。
そこで うさぎは 計り事をして申しました。
「ましさん 柴を刈ってここに持ってきておくれ」
「きつにさん その柴を焼いておくれ」
ましときつにが言われた通りにすると はっとする間もなく ぼうぼうと燃え出した炎の中に飛び込んだうさぎ。
このようにして うさぎは 見知らぬ旅人に 自分の身を与えたのです。
老いた旅人はこれを見て 心が苦しくて 天を仰ぎ(自分はなんてことをしてしまったのだろう何でみたりの友の心を試そうとしたのだろう)と おいおいと泣き続けました。
胸を打ち叩きながら 申されるには
「おまえたちみたりは 本当に心が一つで仲が良くいずれ劣るというころはないけれど うさぎの心は さらにやさしい」
と亡骸(なきがら)を抱えて月の宮に葬るため 天に昇られました・・・・・・。
※出典: 『一の秘法 』 (友常貴仁[著] 三五館)より
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実は、私はこの物語を毎年読んでいて、ある時、ふと思ったのです。
「うさぎの行動を止められる心配りができるものが、その時、その場に、いなかった・・・」
「ならば、この物語を通じて、私たちがそんな心配りができる人になっていこうよ・・・」
と良寛さんが遠い空の上からおっしゃっているように私は感じたのでした。
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うさぎを終世のお守りにしていた文豪がいます。
歌舞伎の坂東玉三郎さんがご自身の演題でも
よく取り上げられている泉鏡花です。
写真は、神奈川県逗子市にある泉鏡花の句碑
です。
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じっと見つめる |
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ずぅっと前の、むかしのお話しです。
ある小学校の家庭科の授業の一場面です。
その日は、自宅から各自が急須(きゅうす)を持ってきて、
お茶を入れて楽しむという内容の授業だったのです。
急須といえば、陶器製のものが一般的ですので、
ほとんどの生徒は陶器製のものを持ってきていました。
でも、そんな中、登校途中や授業中に割れないようにと、
アルミニウム製の急須を持ってきていた男の子がいたのです。
この男の子の急須を見た家庭科の先生は、ちょっとバカにした感じで、
「あら、珍しいですね〜」
「こういう急須を使っているお家(うち)もあるのですね(笑)」
「割れないようにというお約束で使っているのでしょうね〜」
「決して、お家が貧しいということではないのですよ〜」
と言って、その子をクラスの笑い者にしてしまったのです。
男の子はただ黙って座っていました・・・
そんな中、一人だけ笑わない女の子がいたのです・・・
笑い者にされてしまった男の子を、
真剣な表情で、
ただ、
だた、
じっと見つめていたのでした・・・
私だけは笑わないと・・・
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ちょっと、こんな言葉を思い出しました。
最も良い教師とは、
子供と共に笑う教師である。
最もよくない教師とは、
子供を笑う教師である。
A.S.ニール
(イギリス 教育家 1883−1973)
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